はじめり
2026年2月28日、土曜日。2月、最後の日。広州を叩く激しい雨音。 そういえば、いつの間にか寒さは消えて、春がすぐそこまで来ている。
2026年が始まって、二ヶ月。すべてが滞りなく進むなら、この国で暮らす 時間は、あと一ヶ月を残るのみとなる。
残された一ヶ月。私は何をするべきだろう。実を言うと、新しい挑戦 をしたいと言う、静かな情熱が胸にある。
挑戦の正体は、日本語。それは私にとって、人生の行方に立ちはだかる、 高くて険しい難関のようなものだ。
答えは、拍子抜けすほど簡単だった。手書き。ペン先に力を込め、 かみの上日本語を刻みつけること。
問いかけてみる。なぜ、たかが「書くこと」がこれほどまでに難しいのか。 その正体を知りたい。
手書き
どのような言語であっても、これは基本だと言えますね。
英語、中国語、日本語、どの言葉であっても、手書きというものは不可欠ですね。
人の一生と、手書き、それは決して切り離すことのできない、 かけがえのない営みなのだ。
パソコンが普及する前なら、それは疑いようのない真理だった。デジタル 全盛の今、手書きわ大切な儀式のようなもので、もはや日常の風景ではない。
卒業して10年の歳月。手書きの感触を忘れるいは十分な時間だった。 仕事も生活も、全てはキーボード上で完結する。ペンを持つのは、 自分の名前署名する一瞬だけ。見慣れた漢字の連なりを書くだけなら、 迷うことなど何一つなかったのに。
そう言えば、私はまだ学生に戻る。今度は日本語学校。学びの場において、 手書きは逃れられない儀式のようなものだ。宿題、そして試験。紙の 上に文字を踊らせる時間が必ずやってくる。マークシートのJLPTとは 、また違う世界の話。
N2合格という看板を背負いながら、私は五十音すら書けない。 信じがたい空洞を抱えたまま、今日まで来てしまった。
中国人にとって、漢字はそんなに難しくないんだけど、本当に 大変なのはひらがなとカタカナなんだよね。
去年七月から、日本語日記を書き続けている、積み上げた200日分の 言葉は、すべてキーボードを通して綴られたものだ。デジタルの海を 泳ぐことにはなれた。もし「試験」という現実がなければ、私はずっと、 ペンを握ることなく過ごしていたのかもしれない。
現実は、甘くない。入学を控えた学校でクラス選考。そこにはマークシート の静寂を破るよに、「作文」という難敵が潜んでいた。ぺんで言葉 を紡ぐ、今の私には、それがひどく遠い世界の出来事のように思えて ならない。
目標はビジネスクラスへの入級です。ビジネスクラス、その高い壁 を越えるには、作文での失点は許されない。残された時間は一ヶ月。 私はペンを握り、五十音と日記をひたすら綴り続ける。
日本語練習帳
五十音の練習用して、今朝自作のアプリを開発しました。iPadとApple Pencilを活用していますので、結局はまたデジタルでの解決策ということ になりますね。
こちらは 日本語練習帳